ありのまま、なるがまま

不自由ごっごをやめて ”私″から自由になろう!

そこで見つける"お宝"とは

特別な人になるための探究をおしまいにしたら、

思いがけない “お宝”を発見!

 

苦労して特別な人になろうとしなくても、

自分は最初から特別だった。

「なーんだ、このままでよかったんだ…」と納得できたことです。

 

あなたも、私も、全員、 

望み通り、人間として生まれることができて、

毎日違う体験をしながら、こうして生かされています。

 

そのことが、すでに「すばらしく特別」なことなんです。

 

しかし、全員がそうやって生かされているわけですから、

「特別な人はいない」ともいえます。

 

言葉は、どっちでもいいんです。

 

大事なことは、

「望み通り、生かされている」と気づくこと。

「ありのままが、100点満点」と知ること。

 

ようは、

自分に足りないものがある、という誤解を解くことなんですね。

 

 

『少欲知足』(欲を少なくして足るを知る)という言葉があります。

これを「ないものを欲しがらず、あるもので我慢する」と解釈すると、

なんか窮屈で、あきらめモード満載の感じがするでしょう?

 

違うんですよ。

「まだ得られていないものを欲しがらず、

すでに得られているものに満足して、心穏やかに生きよ」

と、釈尊は伝えたかったのだと思います

 

「すでに得られているもの」に気づくことが、

心穏やかに、幸せに生きていけるかどうかを決めます。

 

「すでに得られているもの」とは、

すでに在る自分。

究極は “本来のワタシ”のことです。 

 

さあ、自分に足りないものがある、という誤解を解きましょう!

 

「自分の存在価値を決めるものは、

人の評価ではなく、私自身!」と肝に銘じて、

人のことばかり見ていた目を、自分の内側に向けるのです。

 

そして、思いをはせてみて・・・

 

自分が眠っているあいだも、心臓を動かしている存在は?

自分に自由意志を与えて、なんでも選べるようにした存在は?

 

人生は思うようにならない、今の自分が気に入らない、

ああ特別になりたい…と不満だらけなのはだれのせい?

 

 

あなたを生かしているのは、まぎれもない “宇宙の愛”。

あなたを味わっているのは、“本来のあなた”(本来のワタシ)です。

 

つまりあなたは、最初から “完璧な存在” なんです。

 

それを、どのくらい本気で信じることができますか?

 

覚醒体験を待つまでもなく、

本気で信じることができたら、きっとお宝が転がり込んできますよ。

「心の静けさ」というオマケまでついて。。。