ありのまま、なるがまま

不自由ごっごをやめて ”私″から自由になろう!

記憶を ぶっ飛ばせ~!

『これまでいいと思い込んでいたことを、チャラにする』

そして、自由になろう!

 

前回に続くテーマです。

 

大前提として・・・

 

私たちひとりひとりの人生物語、

(私はこんなことをしてきたこんな人間…

 あのときああ感じて、こう考えるようになった…といった自分史)

それは、各自の記憶の中にあるものです。

 

起きた出来事は事実でも、

それに対する感情や解釈は、

経験や年齢によって変わり得るものですよね。

 

たとえば、

誰かに叱られて「悲しかった」「あの人キライ」が、

その人の真意を知って、

「ありがたい」「あの人尊敬する」に変わったこと、ありませんか?

 

一つの見解としては、

失敗も挫折も失恋も、

「しない方がよかった」から「いい経験だった」と思えるようになることが、

人として成長することなのかもしれません。

 

つまり、

過去も未来も、記憶はそれを思っている今にすべてあるということ。

今の自分しだいで、

それらは何色にでも塗り替えられる、ということです。

 

以上が長い前置き。(^▽^;)

 

さて、ここからが本題です。

 

私ね、

もし今、自分の頭の中にある記憶を置くことができたら、

これまでの人生物語の記憶が一時的に消えたとしたら、

「何する…?」と想像してみたんです。

 

記憶喪失とは違いますよ。

記憶を取り出そうと思えば、いつでも取り出せるんだから。

ただ、記憶にいっさい心のありようの邪魔をさせない。

 

すると、

そこに現れたのは、なんの色もついてない素の自分。

 

素の自分の中は、シーンと静かで、

ああれしなくちゃ…とか、なんにも浮かばない。

 

真っ白なキャンパスが、心の中央にあるって感じ。。。 

 

あっ、向こうで誰かが笑ってる。

「楽しそう」

あっちの人は怒ってる。

「悲しそう」

それだけ。

 

「この人はいい人、あの人は悪い人」という感情は、わかない。

 

自分にたいしても、同じだった。

 

飲み物をこぼしちゃった。

「あはは」

ドアに指をはさんだ。

「いたーい!」

それだけ。

 

「私はドジ。おっちょこちょいでダメな奴」ともなんとも思わない。

 

わかります?

 

心が白紙で、解放感と、安らぎがある世界・・・

 

一瞬でもいい、そんな状態を自分に作ってみませんか?

 

心がいろんな色でぐちゃぐちゃになったとき、

私は瞑想や統合をして、そこに戻ります。

 

そこは、、、ニュートラルというか、

決めつけや思い込みに支配されない、

これまでいいと思っていたことをチャラにできる磁場なんです。

 

そこにチューニングしたとたん、心は自由を得ます。

 

それぞれが自分に合った方法でチューニングすればいい。

そこは誰でも、合わせようという意志があれば行けるところ。

 

私たちは、本当は、もともとそこから出発して、

ややこしい人生物語を紡いで戯れているだけなんだから。

 

普段は、感情を味わってふつうに生活すればいい。 

でも、記憶に縛られずにいることはできる、って伝えたかったのですが、、、

 

 まとまらないまま、、、ま、いっか。

 

お知らせに突入!(笑) 

 

今日は、FMレキオ(80.6)で、16:00から1時間、

『田中小梅の開運話』という番組で、

お招きいただいた小梅ちゃんと、楽しくおしゃべりしてきまーす。

 

ツイキャスで録画をご覧になれると思いますが、

毎度、急ですみません!m(_ _)m

 

twitcasting.tv

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頭の中を ぶっ壊せ~~!

最近、ある想いが、

想いと言っても、アイデアとか思考じゃなくて…

「そうなんだ・・・」みたいな感覚。

 

想いは瞬間に降ってくるので、

「ふん?」と立ち止まって、意味を汲み取る感じ。

 

それがたびたびやってくる。

手を変え品を変え…ってな具合で、

いろんな角度から何かを見せられているような気がするんです。

 

 

その想いとは、

「これまでいいと思い込んでいたことを、逆にしたら?」

 

あえて言葉にすると、そういうことに。

常識や世論、それに染まった自分の観念のことを指してる。

 

たとえば、

「我慢して働かないと、生きていけなくなるぞ」

「人に合わせることは、円満な人間関係には必須」

「ほかの人に後ろ指さされないようにするべき」

「何かを達成して初めて世間から認められる」

   :

とまあ、挙げればキリがありませんが、 

ようは、

一度頭の中をぶっ壊して、逆から見てみよ!ということ。

 

順に解説してみます…

「我慢して働かないと、生きていけなくなるぞ」は、

   ↓

 「我慢という価値観はいらない。

  自分がしたことを喜々としてする意識が、幸福の源」

 

「人に合わせることは、円満な人間関係には必須」は、

   ↓

 「人に合わせるのではない。

  人は違っていて当たり前なのだから、違いを認め合うことが大事」

 

「ほかの人に後ろ指さされないようにするべき」は、

   ↓

 「調和は、人の目を恐れて作るものではない。

  互いを応援し合う、称え合う心が、調和を生み出す」

     

「何かを達成して初めて世間から認められる」は、

   ↓

 「人はみな、すでに達成された存在。

  ただ在ることを祝福し合う意識が、真の平和をもたらす」

 

 

こういうことって、普段からわりと考えていたつもりだったんだけど、

考えることと、それを生きていること(それを実践すること)は違う、

ということなんでしょうね。

 きっと、

私の中にまだ小さな恐れがあるんだと思いました。

 

先に挙げた一般常識的な考えは、

令和の時代にそぐわなくなっていく。

だから、

頭と心、古い信念と新たな意識を、

自分の中で統合する必要があるのです。

 

恐れや焦りや不安のエネルギーを、光に還元する。

強迫観念を捨てて、捨てて、捨てきったとき、

もう、他人のことも、この先何がどうなるかも、心配しなくなります。

 

これからの私たちは、

5次元の意識で、3次元の世界を楽しむことが大切!

3次元と5次元は、愛の量が全然違う。

 

深刻にならず、真剣に楽しむ!!  

深刻と真剣は、似ているようでまるで違いますもんネ。

 

そっか、よっしゃ~~~~!

まだまだ、もっともっと自由になれるんだ~~~と、

実感しました。

 

ではでは、この続きは次回に!  (*'▽') 

 

体は心の写し、宇宙の写し。

体は、物心ついたときから、

当たり前のように身近にあるものですよね。

私は、身近すぎて「自分=体」と思っていました。

 

思春期になると、「自分=体」を、

ほかの人と比べては、「鼻が低い…足が太い…」と落ち込んで、

どんどん自分の価値を下げていきました。

 

 あはは、今思えばカワイイ~! でも笑えない。。。

 

次に思ったのは、「自分=体+心」です。

でも、体は気に入らないところが山盛り、

心は思うようにならないことがいっぱいある…

どうして?と悩みは尽きませんでした。

 

 まっ、それで心の研究をはじめたわけですが。(^▽^;)

 

「自分=体+心+魂」と感じるようになったのは、

いつごろだったのかな?

瞑想や坐禅に没頭して「魂」の探求に明け暮れるようになり、

同時に、離婚・離職・入院…と、人生に大きな変化が訪れました。

 

 これも今思えば当たり前。現実は自分の内面の写しですから。

 

その後、二度にわたる覚醒体験を経て、

「自分=魂」ということが腑に落ちました。

細かく言うと、

 肉体は、人間を体験するためにあつらえたスーツ。

 心には、感情と思考があり、

 感情は人生のスパイス、思考は人生脚本。

で、その総監督(見守り役)が魂、本来の自分なんだ~~~!!って。

 

本来の自分とは、ハイヤーセルフのこと。

自分がハイヤーセルフとコミュニケーションを取れるようになると、

何が起きても、人間ライフに右往左往することがなくなって、

うーんと安心していられるようになりますよ。

 

私はやっとそうなれたかなぁ…

たとえ、イヤなことがあって悲しみや痛みを感じても、

「もう、コレやめとこ」って、気分を選び直せるようになったから。

 

気分は、自分の思考が作り出すことがわかったし、

どんなに心が荒れても、魂はぜーんぜん微動だにしませんからねぇ。

 

よく「自分軸」って、言うでしょう?

その軸が太いほど、心が安定しているって。

自分軸がブレないということは、ようは魂と一体化して生きている

ということなのかもしれませんね。

 

 

さて、置き去りにされていた「体」のことですが、、、 

自分軸というからには、体の軸も大事なこと、この上なし!

 

真剣に面倒をみようと思ったんですよ。 

今さら…ではありますが、

思い立ったが吉日…と。1か月前(笑)

 

ヨガとは別に、専門のエクササイズを習って、

体の声を聴きつつ、熱いコミュニケーションをはじめたんです。

 

これまで雑に扱って生じた人間スーツのほころびを、

(早い話、コリやつまりですヮ)

ひと針ひと針、縫うような気持でモミほぐしています。

 (なんせ、イッチョウラですから) 

  

考えてみれば、肉体も、物質も、地球も、銀河も、

全部、同じ元素からできている・・・

あぁ、感動。体は宇宙そのものなんだ!

 

もっと体とつながって、

もっと宇宙を感じるぞ~~!

 

ひゃっほ~~

エネルギーがぐるぐる回って、いい調子デス! (*^^)v

 

体とおしゃべり、ラジオでもおしゃべり!

体は、饒舌~~~!!

 

体の調子がすぐれないと、気分もすぐれないし、

精神的にへこんだままだと、体調までくずれてくる……

 

そんなことはいっぱい体験して、頭ではわかっていても、

実際には、心ほど体を看てあげてなかったなぁ……

ごめんね、私の体さん。

 

 

縁は異なもの。

 

沖縄に来て、スペイン人のインストラクターから、

インドのヨガを習い始めました。

あはっ、ワールドワイド!

 

ヨガは、若かりしころやっていましたが、

ヨガとはなんぞやということが、当時は理解できてなかったし、

今思えば、アクロバティックなクラスだったみたい。

 

いまは、こんな世界に浸っています。

 

 心身一如、神の神殿はこの身の内にある……

 ヨガの真髄に触れながら、神髄を感じる……

 

 

で、体はついていけてるのかって?

 

はい、今のところ、なんとか曲がってくれています。(笑)

 

というのは、十数年続けている体操がひとつあるんです。

「真向法」という、いわばストレッチ。

4つの姿勢をとるだけなので、5分あればできる点と、

とても理にかなっているところが気に入っています。 

(興味を持った人は検索してみて。)

 

そのお陰だと思いますが、

この歳になってもヨガを満喫できて、めちゃうれしい。(*^^)v

 

 

『介護の要らない体になることが、高齢者の幸せに直結する』

 その準備は、中高年から!

 

そんなことを考えている今日この頃です。 

それを広く伝えていくためにも、まずは私自身が、

そんな体作りと生き方を目指したいと思っています。

 

 

さて、

今日はもうひとつ、お知らせがあります。

 

大切な友、田中小梅さんがパーソナリティを務めるラジオ番組、

『田中小梅の開運話』に、明日20日の16:00~17:00 出演します。

 

ありがたいことに、月一ペースで呼んでいただいています。

二人でおしゃべりすると、楽しいだけでなく、

ものすごくエネルギーが回って心身が活性化するんです。

 

田中小梅さんは、この世での肩書きは数々あれど、

実体は、在日宇宙人です。(笑)

宇宙意識で生きているという意味ですよ。

 

テーマは会ってから決めよう、ということになっていますので、

(^▽^;) ご期待くださいませ。

 

公式アプリをダウンロードすれば、

全国どこの地域からもお聴きになれます。 

fmplapla.com

聞き逃しちゃった方は、番組の録画をご覧になれます。 

ツイキャスで同時公開されることになっていますので、

その日の顔出しラジオ番組を再生して、お楽しみくださいネ。

こちらから、どうぞ。

ameblo.jp

 ではまた!

 

今の気持ち、大事だよ。

「経過」が大事、「結果」はついてくるもの!

 

  だよねぇ~~としみじみ感じる今日この頃。

 

経過が大事とは、今の気持ちが大事、ということ。

 

  そうなんですよ、

  先々のことを心配しても意味がないし、

  今の気持ちが「忍」だと、結果に「不満」がつきまとうから。

 

時代は変わり、宇宙の法則がはっきり観えてきました。

 

  今の気持ちが、(現状は、達成したい物事の途上でも)

  常に「満ち足りている」こと。

  ようは、ハッピーに過ごせていることが、とっても大事!

 

経過がハッピーなら、

今日も明日も明後日も…ずっとハッピーでいられるからです。

 

 

とまあ、そんなことをつらつら考えていたら、

ハッと気づいたことが。。。

 

「それを考えてること自体、結果にこだわってる証拠じゃないの?」

 

ドキッ!………キツイ自問

 

そこで、

はたして「満ち足りている」とは、どういう状態かと探っていくと、

「安心して、リラックスしている」状態だとわかりました。

 

「満ち足りている」は他のいろんな言葉で表現できます。

たとえば、

「心身がゆるんでいる状態」

「今ここにくつろいでいる状態」

「余計なことを考えない、空っぽの状態」などなど。。。

 

とにかく、

こんな感じで過ごせる〝ぼーっとしていられる時間〟を持ちましょう!

と自分自身にも言いたかった。(^▽^;)

 

 

何かと追われがちな日常からちょっと離れて、

心をリセットする時間を作りませんか?

 

ムリと思えば、できないし、

できると思えば、生み出せるのが時間です。

 

 

最近、わかってきたことがあります。

このぼーっとしている時間に、

ものすごくたくさんの情報が送られてきてるんだなーって。

 

どこからって?

 

宇宙から。 

 

もちろん、私自身が知らないうちに。(笑)

 

これは、熟睡しているときと同じメカニズムなので、

睡眠と同じくらい、ぼーっとすることは大事なんです。

 

つまり、あれこれ余計なこと考えない次元に身を置くということ。

 

でもでも、

私は、思い起こせば幼いころから、

「ぼーっとしてないでお手伝いしなさい」と叱られ、

大人になっても、ボーッとすることに罪悪感を覚えました。

 

この呪縛から心を解き放つのに、

なんと長~い年月がかかったことでしょうか……(泣)

 

まあ、今となっては、

過去の自分の話って、どこか人事みたいですが、

もし、子育て中のお母さんがこのブログを読んでいたら、

ちょっと聞いてほしい。

 

お子さんがぼーっとしていることをとがめないでね。

ハイヤーセルフからのメッセージをダウンロード中なんだよ。(*^^)v

 

 

ということで、私たちはどんな状況下でも、

自分の心とハイヤーセルフを、統合できればできるほど、

「満ち足りて」生きられるようになります。

 

その結果、

目に見える物事がすべて、という生き方から解放されて、

「ありのままでハッピー」をいつも保てるようになるんですね。

 

かといって、

目に見えることをおろそかにするのではなく、

三次元的なことを、深刻にならず楽しめるようになるから大丈夫。

 

この「楽しい」が、「今の気持ち=経過」になれば、

人生はハッピーハッピー!

 

早く心の荷を降ろして、

一秒でも長く「満ち足りて」過ごしましょう~~!! 

 

幸せと極楽

「あなたを幸せにします!」という台詞、

プロポーズの言葉として不動の人気らしいんですが・・・

 

ここまで生きて、しかも二度も結婚して、

つくづく思うことはですね、

 

幸せは、人にしてもらうものじゃない!

自分を幸せにできる存在は、自分以外にいない!

ということ。

 

たしかに、

「君を幸せにするよ」という言葉には、

心を溶かすような甘い響きがあります。

 

だからこそ、今は言いたいわけです。

「私が私を幸せする!」ってね。

 

けして突っ張って言ってるんじゃありませんよ。

誰かに依存して受け取る満足感は、

誰かの気が変わったり、条件がそろわないと、

たちまち消えてしまううたかたの喜びだからです。

 

まあ、そう言われても、

自分に自信がないと、ついつい、

「誰か、こんな私を愛して、幸せにしてー!」

という気持ちになるものですが。。。

 

はい、私も若いときはそうでした。(-_-;)

 

はじめのうちは、愛されてると感じることが幸せで、

もっと愛して、ずっと愛して。。。と願ったもの。

 

でもそれは、

愛というより、パッションだから、

それなりに落ち着きます。(早い話が、さめる)

 

すると今度は、

家があれば、海外旅行ができれば、もっと美しくなれれば・・・

と、新たな幸せの条件を追いかけはじめるんですね。

 

これが、エンドレスに続く‟不幸の入り口”とも知らずに。 

なぜ不幸かというと、

叶わなければ「まだ幸せじゃない」と思ってしまうから。

そして叶えば、「まだ足りない」と思いはじめるから。

  

「私が私を幸せする」ことを推奨するのは、

私の幸せを叶えるべくがんばろう、ということではありません。

 

逆、逆! 

叶わないと幸せになれないような‟条件付きの幸せ”を卒業して、

もっと自由になりましょう、と言いたいのです。

 

「私が私の幸せに目覚める」という感じ。

 

ながーい葛藤の末に、私がたどり着いた結論は、

「幸せは、なるものじゃなくて、

最初から幸せだった、と気づくもの」

 

どういう意味かというと、たとえば、

あなたは「不幸せ~~」と感じている赤ちゃんがいないのは、

どうしてだと思いますか?

 

そこに答えがあります。

 

大人の意識で、赤子の精神に戻れば、

私たちはみんな、ニコニコ円満に生きていけるんです。

 

赤子の気持ちになることを、たやすくないと思う人は、

それだけ世間の垢にまみれているのかも・・・

 

私は、世間の垢にまみれて、

皮膚呼吸ができなくなって、

苦しくてたまらなくなって、

 

もう知らん!と、いっさいの条件をかなぐり捨てました。

そうするしかなかったんです。

 

そしたら、本当に楽になりました。

そのとき、「これが極楽だ~~!」とわかったんです。

 

めちゃくちゃ、ほっとしましたよ。

だって、最初から極楽にいた幸せ者だったと知ったのですから。

 

極楽は、無条件。

心にしばりのない状態。

 

そんな自由な境地が、極楽の代名詞。。。!(^^)!

 

優しさって、どこにあるの?

先日出会った女性、明るくてエネルギッシュという印象でしたが、

キラキラした瞳の奥に、

憂いというか、悲しみが、なんとなく漂っているように感じました。

 

彼女がふと漏らした言葉は、

「私、本当に弱いんです。人にやさしくしようと思ってもできないくらい弱い」

 

私は思わず目を見張りました。

発言におどろいたんじゃなくて、彼女の素直さに胸を打たれて…

 

「そのことで、ある人に言われたんです。

やさしいって『優しい』と書くじゃないですか。『優れてる』って。

だから優れてなくてもいい。やさしくできなくていいんだよって」

と語って、彼女はにっこり笑いました。

 

そのとき、ふと思ったんです。

「うーん、その言葉、なぐさめにはなっても、

自分の価値を低いところに置いてしまうのでは・・・」と。

 

 

あのときは伝えられなかったこと、

こんな見方もあるよってことを、ここに書きますね。

 

優しいという字を分解すると『憂いによりそう人』になるでしょ。

人の憂いによりそえるのは、

人はみんな弱いことを知っている人だけです。

だから、

あなたはそのままで何も欠けてないし、

すでにやさしい存在なんですよ。

 

どうしてもっと人にやさしくできないの…なんて自分を責めないで。

 

自分に愛を注いで、注いで、心を愛で満タンにすれば、

愛は、自然に心からあふれ出すようになっているから。

 

それが本当のやさしさだと思う。

 

これまであんなに耐えてきた自分を、もっと、うーんと、認めてほしい。

愛には、自分用も他人用もないから。

また、人には、優れてるも劣ってるもないから。

 

みんなと等しく、無限の愛を秘めたあなたが、

その愛を解放したくてうずうずしているのを、私は感じました。

 

 

と、ここまで書いたら、

ついでにもうひとつ、伝えたくなっちゃった。(*'▽')

 

「こんな私じゃなかったら・・・」と思うのは、

今日からやめましょう!

 

じつは私も、さんざんそう思った経験があるんです。

でも、自己否定から生まれた気持ちは、

「仕方ないからがんばる」も、「あの人はいいなぁ」も、

全部ゆがんでいた気がする…

もしかしたら、傷口を広げただけだったのかもしれません。

 

だから、あなたに伝えたい。

「こんな自分だからいいんだよ!」

「こんな自分にこそ、価値があるんだよ!」って。

 

人生に起きたことに、無駄なことや、いらない体験は、

ひとつもありません。

全部、宇宙の愛なんです。 

 

宇宙の愛は、いつも人を介して私たちに注がれます。

そこには、いい人もイヤな人もなく、

ただ、”気づき”という贈り物があるだけ。

 

同じように、

いい自分もイヤな自分もなく、

ただ、愛すべき、いとしい自分がいるだけなんです。

 

愛の基本は「許し」といってもいいでしょう。

自分を許して、許して、許し切ると…

すでに、すべてが許されていたことに気づくときがやってきます。

 

そうして、自分という存在は、

そんな愛そのものだった…ということを思い出すんですね。

 

これが、”宇宙の愛に還っていく私たちが共有するストーリー”です。

 

 

このメッセージが、いつかあなたの胸に響きますように。。。